今日が何日か忘れた

チャーチルは自分の鬱病のことを 「黒い犬」と呼んでいたらしい。 ただ、通り過ぎるのをじっと待つ。それもいいかも。 私はなんらかの精神的疾患を患っている ひとたちが書く日記は、どうして あんなに「薬」のことばかりなんだろうと (あれを何錠とか、どれを何錠とか) 思っていたけれど、今はなんとなく理解できる。 目の前にあるもので、一番、大切なもの。 自分が生きるための意志。意欲。 明日、死なないという確認。 今、生きていることを実感させるもの。 言い方はいくらでもあるけれど とにかく大切なものなんだろうな。 私は1日1粒なので、たいそうに書くことなんて 何もないんだけれど、たった3日飲まないだけで 本当に死にそうになるんだもん。 やっぱり大事だと思った。 先週まではとにかくストレスで押しつぶされそうで とりあえず大きな行事が終わったという安心感からか 燃え尽き症候群のような状態。 ただ、天井を見つめて涙が流れるのを感じて、 明日も生きてるのかなあとか思ってる。 そうかと思えば、台所にたって 煮物をつくってみたり、炊き込みご飯をつくったり、 漬け物をつけたりして、なんとなくなんとなく 幸福感にひたってみたり、そういうことを くり返している。 いつものことながら眠れない。。 これからどうやって生きるかなぁ。 生きる目標を 「長生きすること」にしてみた。
5月26日(夜) 「また逆戻り」

昨日は久々に落ちていたけれど 今日はまだマシ。とはいえ気分が不安定なのは 仕方ないかなぁ。 自分で自分の機嫌を伺うというのも おかしなことだけれど、 いつどの瞬間で自分が死にたくなるのか わからないので困る。 一ヶ月分の薬と睡眠薬を。 あぁ、自分の書いていることが 私がいちばん大嫌いなメンヘラーだか マンヘラーだか知らないけれど そういう方向になっていることが とてもとても悔しい。 (これこそしばらく書かなかった理由) 正確にいえば、死にたいわけではなく (そんなことしたって何にもならないし) 誰かの気をひきたいわけでもなく (満たされているしね) 過食症の人が食べ過ぎてしまうことを やめられないように、 「消えてなくなりたい」という願望を コントロールできない瞬間があるのです。 こわいよーーーーーーーーーーーーー。
5月24日(夜) 「ホントウニ疲れた。」

本当に疲れたようで 薬をのみわすれて すっかりしにたくなって 生き方さえ忘れてしまった。
5月23日(夜) 「疲れた。」

お土産の配送をしたり、お手紙を書いたり。 ようやくその作業が一段落。 あとは、荷物の後片付けと、写真の整理か。。 旅の準備も旅の後片付けもやけに大変だなぁと 思いつつも私は次ぎの旅のことを考えられずには いられない。もう何度めかになるけれど、 韓国に行くっていうのもいいかもしれない。 リッツカールトンソウルに宿泊したいなぁ。 もちろん、クラブフロアで! それはそうと、今日は私は援助交際の正しい 卒業の仕方についてずっと考えている。 もちろん 私が援助交際してるわけではなく、ある友達の 友達がパパとそろそろ別れたいということになり やっとお金への執着もなくなり、精神的にも安定し、 ひとりでまっとうな幸せを見つけてみせるわ、私!で、 さてそろそろ、二人の関係も感動的なクライマックスと いきたいところだけれど 今さらどうやって別れを切り出したらいいかわからず なんとなく自然消滅を狙って避けていたところ、 「お前は金が目当てだったのか?」なんてなじられて どうしたら丸くおさまるかしらなどと相談され どうしたものかと話していたことが、今日私に このことについて考えさせたきっかけとなる。 貢がれ、貢がされる関係。 ふたりの間にはもちろん「お金」だけではなく、 「愛情」に似た、心のすき間を埋める「何か」は あったに違いない。 どっちが悪いとかじゃなくて、お互いがお互いを 利用していたんでしょ。 男は「お金」で女の心をつなぎとめる。 女は「お金」を理由に愛に似た何かを受け入れる。 そうやって、ごまかしながら関係を続けてきたの だったら、最後の別れまで、薄っぺらい言葉だろうが 吐き気のするシチュエーションだろうが、 美しくなければいけないと私は思う。 普通の男女の付き合いに、いつしか別れがくるように、 本当に好きだったけれど、もう一緒にいられなく なるのよ、みたいな美しくも切ない展開が必要なのよねー。 それは、 ・相手の男のプライドを傷つけないため ・自分に言い訳するため 両者にとって、すごく都合がいいと思うのだけれど、 現実はなかなか難しいみたい。 ま、私には関係のない話しだけれどね。 自分にどれだけのお金を使ってもらえるかで 他人からもらえる愛情のモノサシにしているコを 知っているけれど、 本当に苦しいとき、何が自分を助けてくれるのか しっかり見たほうがいいと思う。
5月22日(夜) 「ただいま。」

バリ、楽しかったー。 ひさしぶりに「楽しい」という感情を 自分の中に見つけられましたよ。うふふ。 空港に付いたのは夕方。 モワっとした南国独特の空気に包まれ、 日本語がうまいバリ人のおっさんの車でまずは 免税店へ。 今回の旅は、買い物目的ではないので、 とりあえず見るだけ。 いつからだろうな、こんなふぅに ブランドモノに興味がなくなったのは。 リムジンに揺られて、 リッツカールトンホテルへ。 クラブフロアに案内され、ウェルカムドリンクを飲む。 グァヴァジュースとマンゴのミックスなのかしら。 こんなにおいしいジュースを飲んだの初めて。 ホテルの部屋は天蓋付きのお姫様ベッド。 お風呂には花びらが! いろいろとホテルをお散歩したかったけれど、 とりあえず疲れたので、そのまま寝ることに。 朝ごはん。 目の前でつくってもらえる美味しいオムレツ。 トマトとマッシュルームとチーズをチョイス。 街の方に出たかったけれど、 疲れるのもイヤなので、タクシーでヌサドゥアの 日本料理屋へ。インド洋のマグロを食べてごきげん。 リッツのスパでタラソのエステを受ける。 海水のプールで美しい夕焼けにうっとり。 ここで食べた、ヘルシーミールもすごく美味。 次ぎの日も幸せな朝ごはん。 どこかに出かけたかったけれど、どこにも行かず。 クラブのフロアで本を読んだりして過ごす。 昼からまたプールでひと泳ぎ。 そして花びらマッサージのエステ。 ホテルのレストランのミーゴレンを食べて 幸せだなぁって言いながらお休み。 そして、また幸せな朝ごはん。 クタの街に出かけてクタクタになる。 やっぱりホテルが一番、いいや。 夜はホテルのカクテルパーティーに招待され 夕焼けを見ながらジュースを飲んだ。 夜はクラブフロアで。 ここのパンとチーズは死ぬ程おいしい。 いや、もう思い残すことなんかない。 最後の幸せな朝ごはん。 写真に撮ってみた。忘れないように。 チェックアウトは夕方6時なのに、時間が経つのは あっというまで、ベッドでごろごろしていたりするのが とてつもなく贅沢なことのように思えた。 最後に豪華なディナーを、と思い、 ホテルのレストランの人にいろいろと聞いてみたけれど、 帰国の準備を考えると選択肢が狭まる。残念。 タイ料理にするか、アジアンフュージョンなのにするかな、 いろいろ考えて、最後はインドネシア料理に。 サテ美味しかった。 帰りたい。帰りたくない。。 でも、やっぱり日本にいなくちゃ何にもならないしね と自分をなだめて帰路へ。 日本に帰ってきてやっぱりお味噌汁が美味しいと思った。 そうそうもう3日も薬を飲んでいません。 ずっと散らかっていた部屋を片付けています。 少しづつ、自分を取り戻します。 あと少し、あと少しって思いながら、 やっぱり頑張っています。 元気になったら、イラナイものを まとめて処分して、サヨナラ〜って言いたいの。
5月14日(夜) 「行ってきます。」

ただ、ひたすらに 自分と向き合う時間もエネルギーもなくて ここから遠ざかっていました。 長かった。しんどかった。 今でもまだいろいろ後片付けがあって 大変といえば大変だけれど、 今はこの余韻を楽しみたい感じ。 玄関をあけると、お花の匂いがね すごくうわーーーっとして、 一瞬にしてあの時の感覚を 蘇らせてくれるのよね。 お花もらえて嬉しいな。 「うつ」らしく状態はなんとなく 落ち着いていたり、そうでもなかったり。 意味もなく「消えてなくなってしまいたい」と いう感情が抑えられなくなるのは いくら病気の症状だとはいえ、勘弁して欲しい。 あと薬の副作用だかなんだか知らないけれど 「楽しい」という感覚が奪われるのはいただけない。 幸せですか?と聞かれたら「幸せよ」と即答できるし 自分のことが好き?と聞かれたら「もちろん」と 言えるような状態ではあるんだけれど、 楽しんでる?といわれれば「全然」と答えざるを得ない。 でもずいぶん、甘えたしゆっくりも休んだし そろそろ動き出さないとと焦り出しているところ。 いやぁ、それにしてもよく頑張った。 よく乗り越えた。そういうところは自分を 誉めてあげることにしよう。 というわけで、明日から1週間のお休みをとって 海外旅行へ。 神々の住むバリ島でバカンスってわけです。