1月31日(夜) 「ヨガして、結婚式の準備して。」

明日は早起きしてリハビリ行って、電車にのって
立川まで。私と同じく上京してきている従姉妹の
お姉サマの結婚式へ。親戚のおじさんはやっぱり
泣いちゃうんだろうか。

上京した娘が東京でお嫁に行く。
スープの冷めない距離どころか、日帰りじゃ
ちょっとしんどいところに嫁ぐんだもんね。
きっと感慨深いもんがあるに違いない!
うわー。どんな結婚式になるのか
すごくすごく楽しみ♪

いい写真がいっぱい撮れますように。
立川の中華街(?)にも寄ってこようっと。



1月30日(夜) 「撮影に向けて」

そういえば、土曜日は今年になって最初の撮影。
従姉妹の結婚式。ブライダルフォトって楽しい。
ということで、ヨドバシカメラで、256MBの
CFを調達。え!こんなに安いの?8000円?
ちょっと前までは、64MBでこれくらの値段が
してたような気がするし、ニコンのD70の
プライスも魅力的だし、デジタル化が進んで
行くって素晴らしいナァ!と考えてみたり。

それはそうと、胃が痛くて泣きました。
ストレスとかそういうんじゃなくて、
単なる食べ過ぎというか調理ミスというか。
食中毒みたいにならなくてよかった。

結局、食べたはずの夜ごはんは、食べてないことに。。


1月29日(夜) 「眠」

夜の10時には寝て、朝の8時に起きた。
平日だというのに、こんなに寝てしまうのは
週末が忙しいせいだと思う。

1月28日(夜) 「飲み会へ。」

今日は久々に(ホントに久々)に飲み会へ。
つか、100人以上が集合したその集まりを
飲み会と呼ぶのかどうかは疑問。。。

東京の仕事の社交界っていうのは、
みんなスーツをバシっと決めてて、
お酒なんかもガンガン強くて、
クラブなんかで名刺交換しちゃって、
横にはキレイなおネエちゃんがいて…。

なんてのを、誰かのエッセイで読んで
それをイメージしてたんだけど、
当たらずとも遠からずといったような。

元気をもらったのか吸い取られたのか
わからないまま帰宅。

早く寝ようっと。


1月26日(夜) 「うーん!」

リハビリをして、仕事をして、
料理してごはん食べて、ジムに行って、
パソコンに向かう時間。
こわいくらいに充実してるこのごろ。
結婚してたり、ましてや子供がいるなんて状況じゃ
こんなにわがままに時間を使えないもんね。
感謝するべきだ。

さて、ひとり暮らしの私にとっては
ビックリするくらいの金額の請求書が。
今月の電気代。9000円超えてる。。

部屋なんてふたつしかないのに、
電気カーペットも敷いてないのに
一体、何がイケナイの?

原因はアレに決まっている。
設定音頭30度。風量を強にしても
私の吐く息を白くさせるオンボロエアコンめ!

よし。今日からはエアコンを消して寝ようッと。
(つか、それが当たり前?)

1月26日(夜) 「おかしな気持ち」

この前見た、変な夢。
私にはもうすぐ一歳になる子供がいて、
その娘を母親が預かっていることを
知らされる夢。
私に産んだ記憶はなく、思い出そうとして
思い出そうとして、出て来たのは、
愛しい我が子のために自分のお乳を絞り出している姿。
夢の中で私は「私が産んだ!私の子供だ!
自分の子供をほうり出すなんてなんでこんなことしたんだろう!」
なんてひどい自責の念にかられている。
早く、迎えに行ってあげなきゃ。あのコは母親である私が
そばにいなくてどんなに寂しい思いをしたんだろう。なんて
考えるといてもたってもいられなくなって、夢の中で私はパニック。

うなされるような夢から目が覚めて、思ったことはコレ。
「あーーー。産んでなくてよかった。夢でよかった。。。」

友達が次々と母親になるなかで私は相変わらずで。
それでも「ママ」になるってどんな気持ちかは知りたいので、
最近はついつい、育児日記を読み歩いてしまう。

子育ての難しさ。我が子の愛しさ。私が経験することのできないそれを。
事細かく記された他人様の日記を、読ませてもらえるなんて
すごいことだと思う。ありがたい。

ある育児日記を見て、自分の子供時代を思い出して
不覚にも泣けた。3歳とか、4歳とかの記憶なんて曖昧だけど、
子供だって、大人のいうことがわかるし、
子供なりにいろいろ気苦労もするもんだ。
そうそ、思い出した。思い出した。

母親の大きな勘違い。
「うちのコたちは、仲が良くて喧嘩なんて全然しないのよねー。
 よそのおうちではキョウダイゲンカは日常茶飯事みたいだけれど」

いつでもわかってもらいたい気持ちは伝わらないママだ。
子供なんて自我の固まりみたいなもんで、
そのぶつかり合いで喧嘩になるのは当たり前。
喧嘩にならなかったのは、私がひどく自分の気持ちを表現するのが
不得手で、人より忍耐が強かっただけの話だ。

特にうちの妹なんて、子供のころは悪魔のようなわがままぶりで、
私の身体には、あのコがつねってつけたアザがまだ残っているし、
私の大事にしていたおもちゃもどれだけ壊されたかもわからない。

あん時に取り上げられたおもちゃ悔しかったなぁ。。
あの時、たたかれても仕返ししなかったけれど、
心の中ではホントに大嫌いだったなぁ。
こんな妹いらない!って何度思っただろう。。
自分の親にそんなこと言っても
「お姉ちゃんなんだから」で片付けられると思ってた。

なんて、子供のころの「我慢の記憶」があとからあとから
あふれだして、母親にわかってもらえなかったそういう
ちっぽけな子供なりに感じていた、「裏切り」が「悲しいあきらめ」が
胸をしめつけて、育児日記を見て、母親の気持ちにリンクするどころか、
その子供に、自己投影しているワタクシ。

今まで生きてきて、うまく言えなかったこと、
家族でさえも出せなかった自分。
「いつまでも根にもつイヤな女」になる前に、
そういうのを宝モノにして生きていけるように頑張ろう。

1月25日(夜) 「カメラのこと。」

今度の仕事の撮影の準備でもしようと、
ヨドバシカメラに照明器具を見に行った。
タングステン、蛍光灯、なんちゃらかんちゃら。
露出系?露出計?
ええっと照明ってどう組むのがいいかしら。
なんて現場で焦ってしまうことのないように、
買いました、この本を。
「基礎からはじめる、プロのための、ライティング」

こ、これさえあれhぁ、私だって。。。
一瞬は不安になったけれど大丈夫!これなら大丈夫!

今日の料理はメキシコ!
ひき肉とおマメをたっぷりいれたチリコンカン。

おいちー。


 



1月24日(夜) 「ヨガって気持ちイイ!」

今日もヨガへ。
火曜日と金曜日はジムに行くっていう
リズムが身体にも慣れてきて、嬉しい。

しかし、メゲてしまいそうになるのは
この部屋の寒さ。なんで、暖房を30度に
設定してるのに、吐く息は白いのだろう。

キーボードを打つ手はかじかみ、
やる気は失せていく。

あぁ、、こんなことやってる
場合とちゃうのに。



 



1月23日(夜) 「充実した夜ごはん2」

白菜とモヤシのコンソメスープ
白菜とメカジキの炒め(ごましょうゆ風味)
白菜のツナ和えサラダ。
おにぎり。

なんかもう白菜はもういいかって感じ。



 



1月22日(夜) 「充実した夜ごはん。」

今日は仕事を頑張る日と決めていたので
原稿を4本書き上げた。充実した一日。

今日の夜ごはんは、

トマトともずくのサラダ。
イカと納豆のあえもの。
サワラの焼き物
カキポン酢。
ごはんの代わりにモヤシ。

きちんと料理をしようと思ったものの
手のこんだものはヒトツもない。

今日はスーパーで白菜を買ってきたので、
明日は、白菜のスープに白菜のサラダでもつくって、
目指せセレブな生活レシピの習得するべく
精進しようっと。

そろそろ1年にもなる
1日1食の生活は意外とお金がかからず、
しかも太らないし、楽しい★

※これ以上、痩せないのが問題だ…。



 



1月21日(夜) 「全身で濡れた」

久々にエアロビクスのレッスンを受けたら
びっくりするほどに身体がついていかなかった。
右足と左足を間違えるとかそういう程度のもんではない。
みんなが右にステップを踏んですすんでいるのに、
私は大きく手をたたいてジャンプしているような状態。
恥ずかしいことこの上ないが、身体をとめるわけにはいかない。
インストラクターのステップをくいるように見ながら、
次回のリベンジを誓う。ヨガで身体を癒し今日が終わる。
身体中で濡れた。気持ちがイイ!

家に帰って食事。納豆とモヤシともずく。
毎日のように食べている。今日も同じ。
dなんとなく身体が欲しているものを食べているけれど、
最近は料理のレパートリーが増えていない。
明日くらいはちょっと手のこんだものつくろうっと。
毎週ひとつ新しい献立を覚えることを目標に。
こんにゃくの煮物とかつくってみようかな。

料理の本を持ち込んで、今からお風呂の時間。



 



1月20日(夜) 「いつものように」

今日は早く寝る日だ。

月曜日は夜の10時には寝る。
プライドの最後はもう覚えていない。
ぶっちゃけつまんない…。

火曜日はジムに行って、
水曜日は仕事を頑張り、
木曜日は料理を頑張り、
金曜日はまたジムに行く。
土曜日は、病院をめぐり仕事をこなし、
日曜日は、エネルギーの充電をする。



 



1月19日(夜) 「吉祥寺の本屋さんへ」

今度の原稿の資料を探しに、
吉祥寺の本屋さんまで。
結局、欲しいものは何も見つからなかった
けれど、好奇心をガスガス刺激されて
「世の中には私の知らないことがいっぱいあって
 もっといっぱい知りたいなぁ!」と素直に思える
素敵な時間を過ごしてきました。
遊べる本屋「ヴィレッジ・ヴァンガード」にて

そこがプロデュースするという、
ハンバーガー屋にも立ち寄り
アボガドバーガーを食する。



いっぱい寝て、いっぱい食べて非常に気分がイイので
今日も早々に寝てしまおう。




 



1月18日(夜) 「渋谷の真ん中で田舎に帰りたくなった。」

キュンというよりジョンとキタ!
あの人のキスとか、あの娘の乳房とか、
布団を敷くところとか、魚のシーンも。

ラストサムライを見るつもりで渋谷に出た私が
結局見た映画は「ジョゼと虎と魚たち」
池脇千鶴のヌードは衝撃的だった。。

今日はどういう一日だったかというと、
朝から病院めぐり。いつものようにリハビリに行って、
電車にのって、巨大な病院の産婦人科へ。

2時間近く待たされて、驚いたことはいつもの担当医が
いなかったこと。その代わりに私の目の前に現れたのは、
「同い年くらいちゃうの?」っていうくらいの若い男性医師。

あのイスに座らされ、足もとのボタンを医師が押すと、
地上1メートルくらいまで上昇。そこでイスは90度に
後ろに倒れ、私の足の間にはスコープみたいなのが
突っ込まれた。

何回やっても慣れるわけじゃないし、
しかも、こんな若い男の人に診察してもらうのって
いつもの女医とはちょっと勝手が違うし、
なんだかホント泣きたいような情けないような気分。
あう。ちゃんと調べてから来ればよかったよ。

エコーを見ながら医者は
「あー、たくさんあるんですねー。」
前のカルテを見比べて
「あー、ちょっと、大きくなってますねー。3センチくらいですねー。」

結局は引き続き、手術をすすめられ、(大学病院なんてそんなもんだろ)
まぁ、覚悟はしていたし、手術の予約はすでにいれてあるので、
センチメンタルになる気分でもなく、ふらふらと渋谷に出て
バーゲンで財布の中身がカラになるまで、服を買い漁り、
映画を見たという次第。(映画代はカードで支払った)

で、そのジョゼがとてつもなく、素晴らしい映画だった。
私の壊れかけたハートをブルブル震わせてくれる。
あんなに自分勝手で、自分に正直で、痛くて、切なくて、
苦しい恋愛なんて、あの時代にしかできないよね、きっと。

池脇千鶴「なぁ、なんかしゃべって・・・」
つまぶき「ごめん、今、そんな余裕ないよ・・・」

このラブシーンは、あと100回くらい見てみたい。。
DVDとか出たら買うかも。

今日は阪神大震災の日ということで、いろんな番組であの日の
ことを回想したトークが繰り広げられていたけれど、
私もあの日、あのとき何をしていたかも思い出してみた。

大地震のつい30分ほど前まで、自分の部屋で彼氏と
一緒にいたわけで、「親が起きると面倒だし、近所の目もあるから」と、
追い出したばかりで、そんなわけで、揺れ出したときは、
自分の部屋で服もほとんど着ない状態でベッドの上で
まどろんでいた。

いや、そんな話しはどうでもようて、ジョゼの関西弁は
いつまでも私の心のなかで心地よく反芻する。

渋谷のド真ん中で私はモーレツに田舎に帰りたくなった。
東京の言葉はキライ。

「あかん」「なんで」「ほんでな」「あんたナァ!」「アホやろ!」
とかいいながら、そういうわかりやすい言葉で恋愛していた
時代がすごく懐かしい。

せやからいうて、関西に戻るつもりもないねんけどな。



 



1月17日(夜) 「刺激的な何か。」

小さい胸に涼しい隙間風。
なんか満たされてないなぁ。。。

あと1ヶ月足らずで、2●歳の誕生日。
まったくもって憂鬱になる。大丈夫かいな。
いや、まだまだイケルかな?

身体が少しづつ元気になってきているようで
なんか、なんか、な〜んか、刺激が欲しいのよね。

「いい考えがある!パンツを履かないで
 街じゅうを歩いてみたら?スカートで!」

そら、確かに刺激的だ。。我ながら名案。
まぁ、絶対にしないけど。そういう趣味ないし。

でも、私が無意識に求めているのってこういう
一種の自己顕示欲を満たすなにかかも知れない。
みんなは知らないけれど、あたしこうなの!みたいな。


最近気になるキーワードは
中国と勝負下着とカフェと本屋。

今日、びっくりしたことは友達からの年賀状に
「ネットアイドル頑張れ!」と書かれていたこと。
なんか情けな〜い気分になった。

今日、今からすることは、お風呂にはいりながら
「30歳で生まれ変わる本」を読むこと。

今日、気持ちよかったことは、ヨガのレッスン。

今日、嬉しかったことは、ジムのインストラクターが
私を見つけて話しかけてくれたこと。「久しぶり」って。


 



1月16日(夜) 「ちょっと調子を取り戻しつつ」

少しづつ元気になって来ている自分を
感じている。

今まではジムに行きたいなんて思いもしなかったし、
人に会いたいとも考えたことなかった。
写真は撮らなきゃとは思っていたけれど、
頭に浮かんだ鮮烈なイメージに突き動かされることは
なかったもん。

そういうのが少しづつ少しづつ自分の中に
戻ってきている。思えばきっと心身が病んでたんだな、私。
明日もリハビリだけど、この調子で体調も心も
元気になりますように。

さて。そうなったらなったで、子宮筋腫の手術を
受けることはとてつもなくイヤになってきた。

そもそも筋腫は大きくなったんだろうか?
(検査に行ってないからわからんのだけど)

手術っていうのは本当に正しい選択なんだろうか?
(セカンドオピニオンもまだ聞いていない)

本腰いれて活動に入る前に、クリアにしなきゃ
いけないことがあることを思い出した。

病院に行こう。途中経過の検査結果を聞きに行かねば。

 



1月15日(夜) 「どうなのよ?」

久々にヨガったおかげで、身体中が痛い。。
ムチウチにヨガはまだ早かったんじゃないかしら。
そんなことを悔やんでもしゃーないので
これを荒治療として続けるとするか。

さて、微妙に将来のことを真剣に考えてみたい
ちょっとしたひととき。

一応、夢だったライターにもなれて、
文章を書いて生活をしているわけで、
今週も原稿の締めきりが9本あったりして
それはそれでとっても充実していて
まさに天職!とさえ思っているんだけど、
自分の名前が出ない原稿には少し寂しい気持ちもある。
(なんかの賞とかとればメジャーになれるのかしら)
それに写真のことももっと仕事にしていきたい。。

そんなときに舞い込んできたお仕事は、
カメラマンとして執筆する写真についての原稿。

今までネットアイドルとして連載をもたせてもらった
ことはあるけれど、カメラマンとしてはもしかして
初めてなんじゃないの?

えー、これってすごいんじゃないの?
やっぱり私ってツイてるんじゃないの?

なんて喜んでいたのはつかの間。
真剣に「書く」ということに真正面から向き合っている。

書くことは決まっているにしても、
私はトータルに「書く」ことを通して、何を伝えたいのか
っていうのをもっとシンプルに明確にしなければ
いけない時期に来ているような気が。

それにしても寒いこの部屋。
キーボードを打つ手がかじかみ、
コートを脱ぐのでさえもどかしい。
(エアコンつけてるのに!)

 



1月14日(夜) 「久々にヨガる」

あぁん。なんて気持ちいいのかしら。
全身をかけめぐる血液。心臓のドキドキさえ心地よい。
こんな格好できるかしらと思いながら
トライしつつも、身体がしっかり覚えていた。できる!
ほてった顔を鏡に映しながら、
こんなに気持ちイイことなら毎日したいとさえ思った。

4ヶ月ぶりのヨガ。
スポーツクラブの月会費を払いつづけていたんだもん。
ホントは早く復帰したかったけれど、
身体が思うように動かなかったし。

とはいえ、寒さが身にしみてムチ打ちの症状は
どっちかというとひどくなっている。

リハビリのつもりで、ヨガのレッスンを
受けたけれど、これが吉と出るか凶とでるか。


1月13日(夜) 「あっというマの3連休」

あっというマに3連休が終わってしまったではないの。
新年早々やるべき仕事のスケジュールをこなせなくて
ちょっと反省モード。来週はがんばろう。。

さて、今日は、ファイディング・ニモを見た。
大いに期待を裏切られた。。


1月12日(夜) 「夢見る勘違いトーク」

気の置けない友達との会話。
新年になっていろいろと考えて、
これからのことを考えて、
私なりのこれからの方向性なんてものを
恥ずかし気もなく語ってみたりした。

とんでもない勘違いトークは決して大きな声では
語れない。夢見る友達同士のナイショ話しだ。

「例えばね、世界が私に注目したとして、
 私ってどんな人?って話しになると、
 日本人で女で写真を撮る人っていうことに
 なるじゃない?

 最近、特に思うようになってきたんだけど、
 ニッポンっていうのがすごく大事なんだと思うのね。

 難しいニッポンの伝統とか文化とか歴史とか
 興味ないし勉強する気もないけれど、
 ニッポンの感覚っていうのは私の中に確実に
 息づいていて、世界の舞台にたったときに、
 これは生かされるもんだと思うのよ。

 ニッポンの朱色とか、鏡もちの形とか、
 黒い髪に赤いかんざしとか、たこやきの小麦粉とか、
 そういうのって実はすごいカッコイイ!!
 お椀とかお箸とか、漆塗りもそう。

 ニッポンってとってもセクシーだと思う。

 2004年はニッポンを撮りたいと思うんだ。
 うまく形にまだ表せないけれど、私の好きな
 ニッポンを作品にしたい。」

半ばあきれながら友達は、確かに自分のアイデンティティを
きちんと持つのは大切だとうなづいてくれた。
成功するかどうかは別問題だけど、と付け加えて。

もっとあきれて私がひとこと。

「成功するとかしないとか、関係なくて、
 私は成功するって決めてるんだから、
 どんなふぅに、いつ、成功していくかを
 考えるのが私の仕事だよ!」

そらそーだ!と、納得してくれた友達。

こんな会話がどれだけ、身の程知らずで
カッコ悪いかなんて、もう大人なんだからよーく
分かっているけれど。

夢を語ることを恥ずかしいことと
信じてしまった大人よりかはマシだと思う。


1月11日(夜) 「いつでもシャッターチャンス。」

MiniSDカードリーダーを買った。
これで、携帯をデジカメ代わりに
使うことができる。

さらば、30万画素のエッギィ。
コンパクトで安くて使いやすかったけれど、
やっぱし画質が悪かったもんね。


1月10日(夜) 「新しいケータイ」

新しいケータイが嬉しくて嬉しくて、
何度もさすってみたり、なでてみたり。。
カメラをいつも手にしている
生活も悪くない。

なんかもったいなくて、
なかなかシャッターも押せないんだけど。

新しい道具も揃ったところで
マジメにこれからのことを考えてみる。

モブログしようかなとか、
サーバにブログを設置しようかな、
日本語パッチをどうしようかな、とか
いろいろ考えたけれど、
これ以上、負担になることはやめよう。
手広くしても中途半端になるだけだし。

ただ、せっかくケータイも手にいれたことだし、
呼吸停止状態になっているアイモサイトは
なんとか復活させたいのよね。

あのができた当時、
日本でまだアイモサイトが100サイトもないころ、
インターネットマガジンに取り上げてもらったのは
今となってはよい思いでだナァ。。

時代はモブログか。のるか、そるか。
私の未来はどっちだ。


1月9日(夜) 「携帯電話を買った」

サンマンキューセンエン!!!

正直、悩んだ。
これは高すぎるんではないかと。
何日もドコモショップに通って値段が下がるのを
待ってはみるものの、いっこうに下がる気配はナシ。
毎日モヤシを食べている自分にこんな買い物できるかしら。
あたしどうやって今月を生き延びようかしら。
年賀状やお年玉。。大出費に続く大きな買い物。。
最近のケータイっていつのまにこんなに
高くなちゃったのかしらん。

とはいえ、カメラのついていないケータイを
もっているのは周りでも私くらい。
2年近くもD503iを使っているんだから仕方ない。

自分への投資だ。思いきって買ってみよう。
道具はそのときそのときでイチバンいいものを
使うのがなんでも上達の早道だと信じている。

で、新しい携帯電話に機種変更。
そのお値段は3万9千円。
SH505iSだ。大切に使おう。

さ、このケータイで頑張ってひと仕事しますか。
来月からケータイカメラの連載も始まるし(やった!!!)

写真家としてのライターデビューを目前に控え
気持ちを盛り上げていこう!


1月8日(夜) 「写真集の打ち合わせ」

写真集の打ち合わせのため、
編集長サマと恵比寿で会う。
撮影データを聞かれて言葉に迷う。
露出とかシャッター速度とか、
わたしは全部カメラまかせだ。

私のいう撮影データとは

彼女が飲んでいたジュースの種類とか、
彼が選んでくれたお店の名前とか
そのときどんな話しをしていたか、とか。

私は写真をつくるんじゃなくて、
人を撮る仕事をしてるんだから
そういうのを「撮影データ」と呼びたい。

つーか、写真集のこの話しが実現しますように!

1月7日(夜) 「昨日のお父さんからのメール」

実家を出て来るときに、挨拶ができない代わりに
リビングに置き手紙を置いた、と書いたけれど、
実は、お父さんの部屋にも置き手紙を置いてきた。

いや手紙といえないほどの短い文章。置きメモ。

「お父さん、身体に気を付けてね。お仕事頑張ってください。」

どうしてもこう書かずにはいられなかったのは、
検査の結果で心臓の信号部分がおかしくなっていると
いうのを聞いたから。左心室の筋肉がどうとかこうとか
言っていたような気がする。

治療のしようがない部分らしく、心配いらないよという
お父さんの顔を見ながらどうしようもなく切なくなった。

お正月休みに実家に訪れた従兄弟の赤ちゃんを見たり、
友達の赤ちゃんを見に行ったり。

愛情あふれるその眼差しの先に、かつては赤ん坊だった
自分の姿を重ね合わせて、私もこんなふぅに両親から
愛されていたんだななんて思っていたから余計に…。

さて、そんなお父さんから、メールが来た。。。

電話で話しもロクにしたことがない、もちろん携帯の番号も
教えていない。実家に帰った私を見て密かに喜んでいる
そんな微妙な距離の向こうにいる父が
妹に私のメールアドレスを聞き出したらしい。

私のパソコンに届いたメールは短くて
それでもなぜか1メガ以上もあった。

「先日の置きメモ拝見しました。
 嬉しく思います。本メール到着後消去しておいて下さい。」


たったこれだけの短いコメント。
それになぜかお父さんが仕事で手掛けていると思われる
企画書がいっぱい添付されていた。つか、重すぎるって。
しかもメールは「受取確認」が設定されている。

「お父さんはこんなに仕事がんばっているよ!」
っていうアピールだったんだろうか。
きっと、そうだったんだよね。

私はきっと大切に育てられて、遠く離れて暮らしても
愛されていて必要とされていて本当に幸せだと思うけれど
そんな両親の希望を無視して、上京しちゃった私って
親不孝だなぁ。。。

だけど、やっぱり「東京」がいいの。


1月6日(夜) 「お父さん」

お父さんからのメールに
びっくりして、なんだか辛くなった。


1月5日(夜) 「東京へ」

親戚を接待するために出かけた両親。
今日は東京に帰る日。

「お父さん、お母さん、楽しいお正月をありがとう。」

置き手紙を書いてリビングに置いてきた。
いつもはお父さんに駅まで送ってもらう夜道を
スーツケースをひきながらある卯。

友達や従兄弟の赤ちゃんを見る度に、
私もこんなふぅに愛されてきたんだなと思い、
嬉しくなったり、さみしくなったり。

実家にいる間、本当にお父さん、お母さんには
大事にしてもらったな。

ありがとう、ありがとう。

東京の家に戻って、ため息がひとつ。
やらなきゃいけないことは

年賀状の整理に廃刊予告されたメルマガの発行に、
リハビリの再開に。。。

そうそう、明日からお仕事。。



1月3日(夜) 「赤ちゃんパート2」

友達の第二子の出産のお祝い!
子育てに大忙しのお宅へお邪魔。

本当にかわいいかわい〜。
玉のようにかわいい赤ちゃんを抱きながら
「私は産むつもりはないんだ…。」
なんて言うのは、ちょっぴり気がひける。



1月3日(夜) 「初売り」

妹と一緒にデパートの初売りへ。
黒くなった髪に似合う服を探して
新しい自分になじむ努力をする。

それにしても新しい髪形がこんなに
難しいとは思わなかった。

一歩間違えれば、原宿を黒い服に
白いリボンであるいてるああいう女の子にも
見えなくもない。

(女の子は言いすぎか)




1月2日(夜) 「赤ちゃん。」

従兄弟が我が家へ年始の挨拶へ来てくれた。

久しぶりに会う彼の姿を見てびっくり。
今では立派な二児のパパ。
トキが経つのは早いな、なんて
呑気なことを言ってる場合じゃないような気がしてきたわ。
(別に焦らなきゃいけない理由はどこにもないけれど)

従兄弟のかわいい愛娘。
六ヶ月の赤ちゃんを抱っこしたり
あやしたりしながらその命の重み、温かみを
しっかりとこの両手で感じた。

赤ちゃんが握る手の小ささ、その強さ。
いつか自分の足で立つための、足の動き。
何かを伝えようとする、その声。

そのひとつひとつが愛しくて、かわいらしくて
胸に赤ちゃんを抱きしめて、
やわらかい頭をなでながら、一瞬だけれど、
ママになった気分でホントに幸せだった。

産む・産まないの選択は、理性がするもんだけれど、
私の母性本能は十分すぎるくらい、興奮したみたい。。。




1月1日(夜) 「あけましておめでたい。」

2004年を迎えたのは、
某ホテルのラウンジ。

紅白歌合戦を大画面で見たり、
ゴスペルのライブがあったり、
カウントダウンでクラッカー飛ばしたり、
振る舞い酒をいただいたり。

いつものはじけた感じはなかったけれど、
こんな感じにプチ・セレブ気取りで
新年からホテルも悪くない。

初詣で神社とお寺をまわり、自宅に帰ってきた。
寝て起きないと「お正月!」って実感はわかないけれど、
今日は確実に元旦なわけで、
嬉しいメールに目をとおしながら、
「おめでとう」を大切な人たちと共有できる今が
愛しかったりして。

今年は、外に出て自分を認めてもらおうとか、
アピールして、結果を出そうとか
そういうことよりも、内面を磨くことに
一生懸命になる一年にしたい。

年相応の色気を身につけたいし、
目指すものに値するだけの実力を備えたい。

お正月、実家は嬉しいけれど
なんだか東京が恋しいのよね。

私、やっぱり上京してよかったな、
帰る田舎があって嬉しいな、とか
そういうことを思ってる。